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トラジュビインタビューは皆様から寄せられる選手への質問を集め、インタビューするものです。
皆様の熱い!質問が選手を励ましすとともにピッチでは見られない素顔を引き出します。
あんなことこんなこと聞いてしまいましょう!

<07−08シーズン終了:佐藤選手インタビュー>


「自分に矢印が向いたことで変わった」

四年目を迎えた07−08シーズン。リザーブも含めトップリーグの全13試合へ出場。積み上げた
経験、激しく檄を飛ばす声とともに、成長著しい佐藤選手。シーズン終了にあたり、チームメイトで
あり、憧れの人でもあった村田さんへの想いもあわせながらお話をお聞きしました。


佐藤貴志選手


アタックするスクラムハーフ


ジャパンセブンス戦士としてドーハで戦いジャパン初の金メダル


村田亙選手


村田選手引退セレモニー後の胴上げにいち早くかけつける


田井中亮範さん


佐野順氏


次シーズンもヤマハを率いる

―― シーズンが終了した東芝戦、ノーサイドの瞬間に思ったことは

佐藤選手
「ワタルさん(※1)への思いが一番ありましたね。ラストゲームになってしまった2日の東芝戦を一緒にプレーできて嬉しかったけれども、これで終わるんだという寂しい気持ちが大きかった感じで。いいシーズンだったというような個人的なことは、時間が経ってから考えたときに、春から7人制ラグビーの代表に選ばれ遠征もした、トップリーグでは多くの試合を経験できた。
いろいろトータルでみれば充実していましたが、ワールドカップの年に、僕の同級生は世界の舞台でプレーしていましたからね。それが刺激にもなったし、じゃあ自分はといえば、ヤマハという環境の中で精一杯やるしかない、そう思いながらやってきた。その結果、試合に使ってもらい、自分なりに納得のできるプレーも多かったシーズンだったのかなと」

―― 佐藤選手の目に映った今シーズンのヤマハは


佐藤選手
「堀川監督もよく言いますが、実力があるチームなのに結果を出せていない、というか出せずに終わったシーズンだった、という気がしています。とはいえ、伸びしろがある分、来年が楽しみです」

―― 昨年と比較して良くなったと感じるところは


佐藤選手
「チーム全体で見た時、ひとりひとりが勝負できるようになったこと。それはトライ数が増えたよう、目に見える結果として出ています。攻撃に関していえば、外国人選手の突破に頼るのではなく、チーム全体で相手のディフェンスを崩しヤマハの選手が余った状態を作れている。ここは、他のチームに比べても上をいっていると感じているし、いいアタックの形ができていることは、来シーズンへ向けたチームの基盤や自信になると思っています」


―― 結果を出せなかった要因のひとつをあげていただけるとしたら


佐藤選手
「小さな判断ミス、ここは精度を上げていけるはずです。目にみえる大きな要因といえば、やはりセットプレーかなと。もちろん、それだけのせいにしたくはありませんけどね。ラグビーでセットプレーは非常に重要。安定することが堀川監督の目指すアタッキングラグビー、リレントレスラグビーのベースになる。一次攻撃、一次攻撃のディフェンスとか、今のヤマハにはこの基本部分が必要。
選手個々の持つ潜在的な力はあるので、セットプレーが安定できれば、チームの力は伸びていくだろうし、成長の階段を一気に上れるはずです」

―― 充実していたシーズンは、7人制代表に選出され春から忙しいシーズンでした


佐藤選手
「忙しかったですね。でも、まだ若いし動けるうちはオフなんて必要ありません。僕はいつでも気力はあるし、メディカル的に一週間も休めば全然大丈夫です。もともと、丈夫であまりけがをしない方ですね。でも、やっぱり年を取ったらオフは欲しい、なんて思うかもしれません」

―― その7人制代表ではサクラのジャージを着てプレーしました


佐藤選手
「他のチームの代表選手と比べ自分の足りないところ、逆に通用する部分があることを感じさせてくれたのは7人制代表、セブンズですね。ずっと同じ環境、僕でいえば3年間ヤマハだけでプレーを続けているとその空気に慣れてきてしまう。そういった意味で、セブンズに選ばれたことはものすごく刺激的でした。

年下の選手が多かったけどメンバーの入れ替えも少なく、シーズンを通してほぼ同じ顔ぶれ。その中でチームの雰囲気を盛上げてくれる築城(※2)のような選手がいたし、大樹(※3)をはじめ同期もいた。そういった良い雰囲気を監督の順さん(※4)やコーチのワタルさんが作ってくれた。吐きそうなきつい練習も楽しくやれましたからね。ここがセブンズのいいところで、貴重な経験を積ませてもらいました」

―― 最初のお話にありましたがチームメイトの村田さんが引退すると聞いた時は


佐藤選手
「”今シーズンで引退する”と聞いた時に僕は、実力とかではなく、けがの影響もあり引退を決意されたのではないかと思いました。おととしにアゴを骨折、この2年間は脳震盪も多かったし。ただ、それがワタルさんのプレーに影響を与えていたいうのは、シーズン中に思いもしませんでした。

引退を聞いたのは、シーズン終盤のサントリー戦前。それからの僕を支えたモチベーションやパワーのひとつが”絶対にワタルさんを引退させない”という強い気持ちでした。結果を出すことはできなかったけど、自分としてサントリー戦の出来は結構良かった方だと思っていたし、いろいろなところで、ワタルさんにはずっとお世話になっていますからね。本当に感謝しています」

―― その村田さんが持っていた魂を受け継ぐ者として

佐藤選手
「僕は、ワタルさんのプレーに憧れていました。スクラムハーフがサイドにいくプレーは、ワタルさんが先駆者だと思っています。すごいと感じるところを全部真似するわけにもいかないし、できたとしても一緒に過ごした四年間でどこまで自分のものにできたかは、わかりません。

これから先、ハーフが沸かせられるようなプレー、ワタルさんのようなプレーを見せれたらと思います。あと、プレー面だけではなく、グラウンド外でもすごく紳士だったので、年齢を重ねていきながらそういう部分を出していけるようにしたいなと思っています」

―― 村田さんも”ヤマハのスクラムハーフ陣はポジション争いが非常に激しい”と言われていた中で、佐藤選手は入団してから公式戦に一定し出場しています


佐藤選手
「ラグビーは走ることが基本と言われますが、今年でいえば、スクラムハーフとして最大の仕事である”パスの精度”がシーズンを通し安定していたことが、試合出場に繋がったと思っています。
過去に関してはラッキーな部分がありました。入団してから3年目までは、先輩達の負傷が重なったことでもらったチャンスから経験を積んだことが大きかったですね。

入団1年目を振り返ってみた時、田井中さん(※5)がけがをされて、ワタルさんがひとりでやってて、リザーブには僕しかいない状態。ファーストトライを上げたトヨタ戦(※6)は、リザーブからウィングのポジションでした。

ところが今年はライバルが多く、特に争いの激しさを感じたシーズンだったし、その中でどの試合においてもパスの精度が良かったという点については、自分の中で成長した部分だと思うしそれプラス、得意なランが結構上手くいったんじゃないかと。一年目から三年目までの間に、与えてもらったチャンスから積んだ経験があってこそ、今シーズンの成長というか、自分の中に余裕ができたのではないかと感じています」

―― 入団して4年目。ファンの目からも見ても佐藤選手は変わったと感じます


佐藤選手
「自分でも変わったと思います。それは矢印が自分に向いたというか。簡単に言えば、人のせいにしなくなったことですね。これまで、自分ができているけど人はできていないという部分がよく見えていましたが、そうではなく自分ができていない、何が足りないのかという風に見れば、周りに対して意見の仕方や接し方、あと言い方も変わってくる。この部分を気をつけるようになりました。

グラウンド内で、スクラムハーフはポジションがら厳しいことを言わないといけない。それは僕が一年目の時にチームを指揮していたグラント・バティヘッドコーチ(※7)からも”ハーフは切れないと駄目だ。伝わらないから”と。でも堀川監督からはそれを踏まえ、”言い方ひとつ、伝えたい言葉を上手く使い分けることができるようになれば、お前はもっと上にいける”と言われ、それからは厳しい言葉も意識しながら発するようにしています。

でもラグビーはコンタクトスポーツ。技術もそうですが、それ以上にすごくメンタルが大事になってくるし、熱が必要とされる。ヤマハは、真面目、素直で本当にいい選手が多いんですけど、おとなしいというか。まだ熱を出す選手が少ないと感じているので、そこは自分の仕事でもあるかなと思っています」


―― 高校、大学は、9番というポジションを背負う機会が少ない時代でした


佐藤選手
「高校時代は、吉田朋生(※8)がいました。大学時代もここからという時、後輩に抜かれてしまいました。すごく努力したから僕としては自信があったし、どうしてという気持ちで本当に悔しかった。
でも、受け身で待っていただけで、まだ足りていなかったんでしょうね。あとは言葉使い。矛盾を感じたらすぐ口に出してしまうんですよ。特に大学のときは、話し合いをする場も無く、話し合ったとしても納得せず、矛盾を感じたりして、口調は悪かった。思えば、自分に足りなかった部分が見えていなかったんですよね。今は、納得いかないことがあるのもラグビー、人を見る前にまず自分自身の中で考え解決していく。そういうところが、大きく変わったんじゃないかなと思います」

―― 同じポジションを争った選手は、どんな存在ですか


佐藤選手
「チームにもライバルはいます。でも、絶対に負けたくない相手は高校の同期、吉田朋生ですね。今の時点でもう負けているし、同じ土俵で戦うことはなかなか難しいことですけど。男同士の付き合いでいけば本当にいいやつ。でもライバルですから。お互いに切磋琢磨することで、競いあいながらそれぞれ成長していく。いること自体がすごく大事な存在で、競争に負けたくはないけれど感謝もしています」

―― ところで、佐藤選手がラグビーを始めたきっかけは


佐藤選手
「きっかけは簡単で、友達に誘われたからです。小学校二年生の時に、同じ小学校ではない
幼稚園の友達が誘ってくれました。そのラグビースクールへ通い始めて、自分の学校以外の
友達と接点ができ、ラグビーにはまりました。当時はラグビーといっても、全然コンタクトとか
なくて、楽しくラグビーをやらせてくれた。その楽しさもあってやめなかったんでしょうね。スクール
の先生達には感謝しています」

―― これまでで心に残っている試合は

佐藤選手
「ヤマハへ入団し戦ったマイクロソフトカップや日本選手権の準決勝や決勝の試合も心に残っていますが、響いたという点では、同志社大学4年のCチーム最後の試合、確か雨の中だったと思うんですけど。僕、最後はAやBじゃなくてCだったんです。その試合の納会か打ち上げの時、今は亡くなられた岡先生(※9)が、試合へ出場した僕をMVPに選んでくれたんですよ。
出場できないメンバーも声をかけてくれたし、みんなで試合に勝ったことや岡先生をはじめ、見てくれて評価していただいたことが本当に嬉しかったと、ものすごく覚えていますね。もしかしたら試合そのものより、周りの印象が強いのかもしれません。でも、僕の中では他の試合以上に、色あせない大事な記憶として、心に響くような形で残っています」

―― 佐藤選手にとってラグビーとは


佐藤選手
「その質問の答えは、いつも迷います。人間形成をしれくれたし、自分をここまで成長させてくれたことがものすごく強いと思っています。ラグビーを通していろいろな人と出会い、ヤマハに
入団したことも含め、自分が変わったと周りに言ってもらえたことが嬉しかったし、いい方向に自分を成長させてくれている。そう思うのはラグビーをやっていたからなので、やっててよかったなと思います」

―― ラグビーで大切だと感じることは

佐藤選手
「大切なことは信頼関係。信頼されていると嬉しいし、それを感じた時にはすごく努力できる。逆に僕もチームメイトを信頼したいですしね」

―― 今までで、心に響いた言葉は

佐藤選手
「言葉じゃないんですけど僕の心へ響いたのは、口には出さないけど親の存在。いるだけでわかることってあるじゃないですか。試合に出ていない時も含めて、いつも応援してくれている。
辛い思いをさせてきた時期もあるので恩返しをしたいと、いつも心に留めています」

―― ファンへ向けて来シーズンの意気込みをお願いします

佐藤
「僕らしい熱のあるプレーを心がけ、常に100%でやります。来シーズンの僕に期待を、そして見ていてください。これからもも熱い応援をよろしくお願いします」

※1)ワタルさん:村田亙選手の愛称。2007−08シーズンで現役を引退。2008年度は
7人制ラグビー代表監督へ就任。新しい道を歩みはじめる
※2)築城:コカ・ウェストレッドスパークス所属、築城昌拓選手。福岡西陵→福大、2年目。
※3)大樹:東芝ブレイブルーパス所属、吉田大樹選手。東農大二→同大、4年目。
※4)順さん:佐野順氏。2007年度7人制代表監督。
※5)田井中さん:田井中亮範さん。在籍期間:2000年4月1日〜2007年3月31日
※6)トヨタ戦:04−05シーズン、第4節のトヨタ戦
※7)グラント・バティヘッドコーチ:2003年4月〜2005年7月31日在籍
※8)吉田朋生:東芝ブレイブルーパス所属。東海大仰星→東海大。4年目。
2007年度日本代表スコッド。
※9)岡先生:岡仁詩(享年77才)。同志社大学の名誉教授で、元日本代表監督。
同志社大学ラグビー部には、監督、総監督、部長という様々な立場で関わられ1995年に退任。以後も温かい目で同部を見守られていました。


インタビュー・文:清水(トラジュビ編集部、スポナビセレクトブログ、グラウンドから愛をこめてでも活躍中)


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