
徐選手・小林選手

小林訓屋選手

徐吉嶺選手

トライをあげる小林選手

春シーズントライ王の徐選手

多くのファンを持つ徐選手はトラジュビ選手へのメッセージの常連 |
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新人選手インタビュー1
−ファンサイト@トラジュビの清水です。今季入団の新人選手を2回にわけてインタビュー。トップバッターは、小林訓也(こばやしのりや)選手と徐吉嶺(ソ・キルリョン)選手です。
この組み合わせは…。待ち合わせ時間に一番早く登場した徐選手と、歯医者へ行きたいから、先にインタビューを受けたい小林選手の組み合わせ。
新人選手で、春シーズンの試合出場数が多かった二人。賑やかで楽しいトークをお楽しみ下さい!
−まず、自己紹介をお願いしたいのですが、ファンに対して自分のアピールと、出身地の自慢の一品を教えて下さい
小林「…、何でもいいですか?」
−ご飯が美味しいとか、美人が多いでもOKです!
小林「それ、言ってもいいですか?。お前は『リアクションが大きい』で決まりだよな」
徐「僕は、決まりました」
−では、よろしくお願いします!
小林「ご飯が大好きな小林訓也です。新潟は、海もあり、雪もあり、遊ぶところには飽きない、アウトドアが楽しめる、いいところです!」
徐「リアクションがでかい徐吉嶺です。愛知県は美味しい物がいっぱいあります。
特に、味噌煮込みうどんと味噌カツは、僕のおすすめ品です。愛知県へ来た時は是非食べて下さい!」
−徐選手は、味噌煮込みうどんと味噌カツを、よく食べるほうですか?
徐「食べますよ。でも、磐田へ来て、寮の食堂でこのメニューを1回も見たことはありません…」
−まず、ラグビーの話をお願いします。出場機会が多かった春シーズンを終えての感想は?
小林「出場機会に恵まれ、試合を通して社会人のラグビーを体感でき、いい経験ができたかなと思います」
徐「今までとは違う、高いレベルの中でプレーをすることに、初めは戸惑いがありました。でもコーチ、先輩方、そして同期のアドバイスを受けて、試合へ出場し、それなりに結果を残すことができました。これからも、周りのサポートを受けながら、自分自身を成長させていきたいです」
−大学と社会人で感じた大きな違いは?
小林「コンタクトですね。自分のポジションは、ブレイクダウンやターンオーバーなどのコンタクトの部分が多く、特にそこでのレベルが違うと感じました」
徐「ノリヤと同じで自分もコンタクトです。チーム全員が、ものすごく強い。専門的に鍛えているだけあって、大学と社会人とかなり違う印象を受けました」
−お二人がラグビーを始めたきっかけは?
小林「単に友達に誘われたとのと、小学校の時は、サッカー部でスクールウォーズが流行ったんです。それを見てラグビーもおもしろいなと。でも、小・中学校まではサッカーをやっていて、ラグビーは高校から始めました。始めたら、サッカーよりおもしろくて。何が面白いかと聞かれますが、全てがおもしろかったです。自分に合ってたんじゃないかな。
新潟は、それほどラグビーが盛んではなく、ちょっと頑張れば上手くなれるというのはありました。もともと、僕自身がいい選手というか、でかかったので、目立った存在でした。高校当時は、体重が1年で10キロ、3年間で30キロ増えました。高校3年の時は、体重が93キロか94キロありましたが、BKでした」
−高校生のBKで94キロは、すごいことですか?
小林「チームの中で、僕が一番でかかったです」
徐「ずいぶんとでかいです。PRをやってもよかったぐらいの体格だよな」
−それだけの体格で、FWに誘われませんでしたか?
小林「身長があって、キックも蹴れたので、BKでした」
−FWに興味は?
小林「BKがおもしろかったので、FWは考えませんでした」
−小林選手の大学時代は?
小林「2年と3年はFWで、1年と4年はWTBでした。いろいろチーム
事情がありまして…」
−初めてFWをやった時を覚えていますか?
小林「疲れました。スタミナのペース配分がわからず、やみくもに走っていました。おかげで、すぐに疲れましたよ…」
−徐選手がラグビーを始めたきっかけは?
徐「小中学校とサッカーを頑張りましたが、どうしても上手くなりませんでした。このまま続けようか、どうしようかと迷って悩んでいたんです。ちょうどその時に、「ZONE」という番組で、地元の千種高校ラグビー部の特集をやっていたんです。
それを見てカッコイイなと。そのTVがきっかけでラグビーが頭に入りました。高校入学して勧誘もあり、ラグビーを始めました。
高校から本格的に始めたラグビーで、最初は小さかったのでCTBでした。今より2倍ぐらい小さかったんです」
−2倍??
小林「2倍はおかしいだろ」
徐「2倍じゃないな、マイナス2倍」
小林「それもおかしいだろ」
(全員爆笑)
徐「高校3年間はCTB、WTBは大学3年の途中からです。大学1・2年と
3年の途中までPRやってました」
−WTBとPRは共通点があまり見当たらない気がしますけど
徐「当時、体重が85キロぐらいで、チームの中で、僕が一番重くPRをやってました。残念なことに、僕自身はPRが全く合っていないと思っていました。でも、チーム事情もあり、我慢してくれと言われて。お前は足が速いから、攻撃時は外で待っていてもいいから、スクラムだけ頑張ってくれと。でもスクラムで全ての体力をそぎ取られました…。攻撃参加したくても、マイボールの時は敵に球を取られないために、スクラムを組むのにホントに必死でした。その余力はありませんでした。きつかったです。今は、PR、もうやりたくありません…。
大学生の時、何度もPRは無理だ、これ以上やると体が壊れると思いました。でもPRをやったことで、首周りが太くなり、どんどん体もでかくなり始めました。少しずつ対応できるようになってきたので、頑張ればもっと強くなれるんじゃないかって。キツイと思うことはありましたが、ラグビーは楽しかったので、やめようとは思いませんでしたね」
続く
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